Twins...第一章 橘 紗佳乃

 

 只今、午前7:43。ちょうど学校登校中。学校に近づくにつれ黄色い声が増えていっているように感じられます。
 その理由は私の隣にいる弟、橘 靖和都(たちばな さかと)にある。靖和都は現代で言う、『イケメン』らしく、モテモテなのだ。しかし困ったことにこいつは鈍感。キャーキャー騒いでいる女の子たちの気持ちなんか気付いちゃいない。
 ちなみに言うと、私の名前は橘 紗佳乃。靖和都とは双子だ。しかし、血は繋がっていない。何故なら、靖和都はいわゆる『捨て子』だからだ。

「紗佳乃?どうしたんだ?ボーっとして。」

「いや・・別に?」

 私はいえない。靖和都に、何があっても。自分が、周りで騒いでいる子たちと同じ『想い』を募らせているということを。



 学校に着くと、今度はコショコショ話。

「橘くんの隣にいる人ってだれぇ?」

「双子の姉ちゃんだって。」

「あ~だからかぁ。似てるの。」

 耳打ちしてたって聞こえてるっつーの!と心で突っ込みながら、心にたまるモヤモヤ。血が繋がってないのに、顔も血液型も誕生日も同じなんて、誰も私たちが姉弟じゃないなんて疑うことなんてない。内心ホッとしながら傷ついてる自分がいる。だって、靖和都にも、そう思われているのだから。
 隣の顔をちらりと窺う。何を考えているか、少し険しい顔がそこにはあった。

「靖和都?」

「紗佳乃・・俺さ。」

「ん?」

「今日から一緒に帰れない。朝もちょっと遅く出るから先に行っててくれ。」

 実際、高校3年にもなって姉弟で一緒に登下校なんてありえないのだけど、私にとってこれは靖和都といれる唯一の時間であって特権でもある。それがなくなるなんて・・嫌だ。

「何で!?私といるの嫌になった?!」

「違うよ。ちょっと用事ができたんだ。」

「うそ・・。」

「うそじゃない・・。」

「何で!!」

 靖和都は私の顔を見て、少し間をおき、ボソッと小さい声で呟いた。

「・・・・・ったのにな。」

 聞こえたのはそれだけだった。

「え?」

 と言っても再び、その言葉を言ってはくれず、さっさと自分の教室に入って行ってしまった。そこで、もうすでに自分たちの教室がある階に着いていることに気付いた。




「紗佳乃・・・テンション低い低い。」

「分かってるよ。」

「だったらさ・・・せっかくのプールの自由時間くらいはしゃげよ。」

「そういうゆーちゃんだってテンション低いじゃん。」

「私はこれが普通だろ。」

「そうだったね。」

 私たちの周りには、ぐわんぐわんするくらい、大量のセミが鳴いている。熱い熱い季節なのだ。このド田舎の中にある、田栄高等学校の周りには、セミの抜け殻がそこらじゅうにへばりついている。こういうのを風情と言うのだろうか。それにしては五月蝿すぎる。
 ビート板にあごを乗せ、ついでに腕も乗っける。水の上に浮かんで不安定にゆれるビート板に身を委ねた。意外と沈まないのだと感心しながらボーっとする。
 『・・・・・ったのにな』。突然頭に浮かんだ靖和都の言葉。ちゃんと耳を凝らして(とは言わないけど)聞いとけばよかったと後悔する。何でこんなに執着してるのか分からない。けどなんとなく、重要なような気がしたのだ。

「そーいえばさぁ。」

「うん?」

「何であんたら姉弟の名前の漢字違うの。」

「え。」

 そういえば、誰にも言ってなかった。その理由。

「産みの親も、名付け親も違うんです。」

 なんて言えないしなぁ。うーん・・・・・あっ!そうだ!

「親が、男の子だったら靖和都の漢字で、女の子だったら私の漢字にしようって決めてて・・えーっと、二人とも生まれてきたから?」

「あぁ。確かにあんたの漢字は女の子っぽいもんなぁ。」

「そういうことっっ!」

 納得してくれたのか、ゆーちゃんはその後、その話をしなかった。嘘をついた罪悪感が、チクリと胸を痛ませた。
 靖和都が捨てられていたのは、家の前。私たちが生後五ヶ月のときだ。靖和都はかごの中に置手紙と一緒に入っていたらしい。手紙には、

「拾ってください。名前は靖和都(さかと)です。誕生日は・・」

 といろいろなことが書かれていたらしい。両親は名前が似ていることに運命を感じたらしく、すんなりとその『捨て子』を拾ってしまった。まぁ、この話は両親に聞いたので、事実かどうかは分からない。だが、私は何でその時、靖和都の実の親は子供をすてたのかと怒りが立ち込めてくる。姉弟じゃなくてすんだのに・・。出会わなくてすんだのに・・。

 チャイムが鳴る前に、プールから出され体操をし、目を洗って更衣室で着替える。まぁ、着替える前に地獄のシャワーを浴びなければならないのだが・・・。そのシャワーの水は夏だとしても冷たく、浴びるのを拒否したくなる。だが、体を洗わないというのも嫌なので、皆しぶしぶ入ってるのだ。

「キャー!!」

 セミにも劣らぬ声で一部の女子が騒ぎ立てる。水が冷たいからだ。私はその女子の一部には属しておらず、声を出すのを我慢する。だから

「うるせーなー。」

 という男子の気持ちがわかる。多分、私はモテない人生を歩む一人なのだろうとつくづく思ってしまうこのごろ。
 靖和都はあの女子たちのような子が好きなのかな。ふと思った。だったら、私を見てくれるなんてことはまずありえない。・・ってか姉弟だからってのが先か。何でキョウダイは恋をしては駄目なのだろう。皆同じ人間なのに。

「橘~。まだぁ?」

 男子から呼びかけられ、皆すでに更衣室に入っていたことに気付いた。
 今朝からボーっとしっぱなしだなぁ。と思いながら、シャワーを出た。

「ゴメンゴメン。」

 と男子に言い残して。ちなみに水泳は男女混合である。

 

 

 水泳の後の授業はすごく眠い。特に、社会の時間は。今まさにそれで、コックリいってしまいそうだ。大きなあくびをし、必死に目を覚まそうと目を擦る。しかし、そう簡単に眠気はなくなるものではなく、再び頭がボーっとしてくる。

「・・の!かの!紗佳乃!」

 小さく、少し荒っぽい声が隣から聞こえてくる。

「ん・・。」

 いつの間にか寝ていたらしい。名前を呼ばれなかったら気付かなかっただろう。

「俺が呼んでなきゃどうなったことやら。」

「うわ。ウザい言い方。」

「感謝の言葉の一つもないのかよ。」

 この、皮肉っぽい奴は、幼馴染の前橋和也(まえはし かずや)だ。靖和都の大親友である。そしてコイツは私が靖和都のことが好きということを知っている。最大の弱みを私はこいつに握られているのだ。

「どーも。」

「そんな言い方でいいんだ?」

「何が。」

「分かってるくせに。ばらしてもいいのか~?」

「だ・・駄目に決まってんでしょ!!」

「ちょ。声大き」

「おいっ!橘!・・前橋もか!2人とも立てぃ!!!」

 うわ・・。ヤバイ。
 そう思いながら、席を立つ。和也に少し申し訳なさを感じた。

「そうだな・・今日は、居残りで資料室でプリントの整頓でもしてもらおうか。」

 この先生は、少しでも気に入らないことがあったら居残りさせるという罰を生徒に与える。その代わり、通知表にあまり響かないのはありがたいが・・。

「はい。」

 2人で返事をして、再び席に座る。隣から痛い視線を受けなければならないのに無理はない。
 すっかり覚めた目であっても、授業には集中できなかった。何故なら、席を立ったとき、窓越しから見えたグラウンドに靖和都が見えたから。眠気によって紛らわされていた今朝の切なさが蘇ってしまったのだ。
 集中できない授業を終えて、窓から外を眺めると、靖和都の姿はもうなかった。






「あ~あ!疲れた!」

「だからゴメンて!!!何回謝ったら許してくれるの?」

「一生許さねぇ。」

「えっ!?」

「嘘だって。本気にすんなよ。」

「嘘言うなよ・・。でも、怒ってない?」

「怒ってねぇけど・・何で?」

「いや。別に。怒ってたら嫌だなって思っただけ。」

「ふーん。」

 時刻は只今7:16。学校には、運動部ぐらいしか残っていない時間だ。夏だけに、外は少し明るい。
 和也と居残り真っ最中。さすがに、4時間くらいぶっ通しでやっていると、どこやらか痛くなってくる。

「ってかよぉ。これいつ終わるんだ?」

「さあ・・。一向に減らないよね。」

「はぁ。喉渇いた。ジュースかって来る。お前もいる?」

「ううん。いいや。お茶あるし。」

「あっそ。」

 そういい残して、和也は財布を持って、資料室を出て行った。
 少し休憩をしようと思い、椅子に深く腰掛ける。さっきから一人欠けたこの部屋は、さっきとは違う空気を漂わせているように感じた。喪失感・・というのに近いと思う。
 遠くから聞こえた、金属バットでボールを打つ音で我に返った。

「やらなきゃ・・。」

 そして、ガサガサ音を立てながら、再び作業を始めた。和也に怒られるといけないし。
 それから、数分後に和也は帰ってきた。

「この束のプリントが終わったら帰っていいってよ。」

「え?」

「さっき、笹井に聞いてきたんだよ。これ、絶対終わらねぇから短縮できねぇかって。」

 ちなみに、笹井とは社会の教師のことだ。

「まぁ、笹井もさすがに多いと思ったらしくて、これ終わったらいいって許可くれたんだよ。ってか、多いと思ったなら早く言えよって感じだけどな。」

「ほんとだよ!あ~。もうくたびれた。」

「さっさと終わらせちまおうぜ。」

「そうだね。・・・あ!」

 プリントを取ろうと指をプリントの下に滑り込ませようとしたとき、跳ね返して床に落ちてしまった。その弾みで他のプリントも二・三枚落ちてくる。

「あーあ。」

 そういって、落ちたプリントを拾おうとしたとき、他のプリントを踏んで、滑りそうになった。
 そこで反射的に、隣にいた和也の服を掴んで支えようとしたところ、構えていない和也の体は簡単に倒れてしまった。

「ってー。」

「いったぁ・・。」

 ふと気がつくと、目の前に和也の顔があることに気がついた。しかも、和也の上に私は馬乗りっぽく乗った状態。

「うわぁ!ゴメン!」

 すぐさま、和也から離れてさっきまでいた場所に戻る。和也は倒れたまま固まっている。

「か・・和也?怒ってる?」

「・・別に。」

「は・・始めよっと。」

 それから黙々とプリント整理をやった結果、学校を出た時間は7:53となった。

「送る。」

「って言っても、家隣じゃん。」

「だからだよ。」

 さっきのことから、和也は口数が少なくなった。
 一緒に帰ってくれるか心配だったが、帰ってくれるようで安心だ。夜の一人歩きは苦手だから。


 家に帰ると、靖和都が真っ先に玄関に来た。そして、隣にいた和也を見ると、外に出て、和也と何か話をして家に帰ってきた。何を話したか知らないけど、帰ってきた靖和都は少し不機嫌だったように感じた。