Iyo's Room
方程式
Ⅰ.
朝、目が覚めたらこれは全部夢だったんだって思うの。
私は普通の高校生で、好きな人なんかいなくて、友達は沢山いて・・・
私は、何百回も望んだ。
だけど、すべては現実で。
いつもと変わらないの、全く。
朝起きたら真っ先に目に入る自分の部屋の天井。
いつも私が起きてから鳴る意味の無い目覚まし時計。
全部全部いつもと変わらない。
変わらなくていい。
このままで。
私は普通の高校生で、友達は沢山いて、今いるのは自分の部屋で。
これでいい。
私はこれがいい。
だけど、ひとつ・・・
たったひとつだけ変わって欲しかった。
だから朝起きると夢であって欲しいと望むんだ、私は。
私が変わって欲しいこと。
それは、好きな人がいるってこと。
その人の名前は藤田ヒロ。
気づいたのは小学校のとき。
それからずっと私はヒロが好きだ。(一途だなぁ、私)
だけど、ヒロは人気があるんだ。
それはもう上下問わずね。
いつからか、私はヒロを想っている自分が嫌になった。
いつからか、私はヒロの事がわからなくなった。
いつからか・・・
どうしてヒロの事が好きになったのか、分からなくなった。
そんな半端な自分がすごく嫌な人間に思えてきたんだ。
自分の中で何かが絡んでいる。
解こうとすればするほどまた分からなくなる。
複雑な方程式みたいに、答えが見つからない。
「ユナ!早く起きないと遅刻するわよ!!」
またいつもと変わらないお母さんの声。
いつものようにまたリビングから叫んでるんだろうな。
「今行く!」
私はお母さんに返事をして、クローゼットに手をかけて制服を選んだ。
手早く着替えてお母さんのいるリビングに向かう。
朝ごはんは卵焼きと、味噌汁と白いご飯。
今日は和食なんだな。
昨日は確か、コーンスープとパンと・・・スクランブルエッグだったっけ。
「あ、ユナ」
「ん?」
私を呼んだお母さんに、ご飯を食べながら応答する。
「今日ヒロくんに会うでしょ?」
「・・・・・・うん。」
「これ、渡しておいてくれない?」
そう言って私に差し出したのは、一枚の写真。
その写真には、幼い頃の私とヒロが写っていた。
「・・・・・・何これ?」
「ヒロくんのお母さんに頼まれたのよ!その写真失くしちゃったから焼き回しして欲しいって」
「ふぅん」
「渡してよ?絶対よ?」
「・・分かったよ」
お母さんと会話をしているうちに、全て食べ終わってしまったようで、私は鞄をもって『いってきます』と言って家を出た。
いつもと同じ通学路。
いつもと同じ風景。
「全部いつもと一緒だ・・・」
ランニングをしているおじさん、犬の散歩をしているおばさん。
みんなこの時間にすれ違う。
全てが同じ。
そう思ってた。
「ユナ?」
「え?」
「やっぱユナだ!」
「・・・・・・ヒロ」
後ろから名前を呼ばれ、誰かと思って振り返れば、そこには朝から笑顔なヒロがいた。
何でいるの?
いつも学校に来るの、遅いじゃない。
遅刻ギリギリのくせに。
「ユナっていつもこの時間に学校行ってるのか?」
「・・・あ、うん。」
「へ~ぇ!」
いつも通りじゃなくなった。
いつもは私の横に、ヒロはいない。
嬉しいのか、嬉しくないのか、分からない。
自分が分からない。
答えが見つからない・・・
「じゃぁ俺もこれからこの時間にしよっかな~」
「・・・・・・は?」
「ユナと一緒に行きたいし」
「・・・・・・」
「ユナ最近元気ないだろ?・・それにあんま話してないし・・・さ。」
「・・・」
そっか。
気を使ってるんだね、ヒロは。
誰にでもそうだもんね。
私だけじゃ・・・ないんだよね。
「・・そうだね。最近話してないよ、ヒロと。」
「だろ?学校で俺が話しかけようとしてもユナ、どっか行っちゃうし」
「・・・偶然でしょ」
違う。
違うんだよ。
私はヒロを避けてるんだよ。
優しくされると辛いの。
話しかけられるとどうしようもなくなっちゃうの。
複雑な方程式が・・・
ますます解けなくなっちゃうよ。
Ⅱ.
朝。
結局、ヒロと一緒に登校してしまった。
学校の門辺りで、妙に視線をいっぱい浴びた。
きっと、ヒロのことが好きな人たちだろうけど。
別に、好きで一緒に登校したわけじゃないのに。
ヒロが勝手に私の横にいただけじゃない。
何で私が恨まれなくちゃいけないのよ。
ばっかみたい。
「ユナ?」
「・・・何」
「怒ってる?」
「何で?」
「その・・・一緒に学校まで行ったことに・・・ってゆうか・・・」
分かってるなら着いてこなければよかったでしょうに。
ヒロってバカ。
「・・・別に」
「・・そっか!!なら、良かった」
「・・・」
バカだ。
そんな笑顔、私に向けないでよ。
ヒロって鈍感。
私の気持ちに全然気づいてない。
私のこと、全然分かってない。
「・・・あたりまえか」
「ん?」
「ううん。」
別に付き合ってるわけでもないのに。
私の気持ちなんて分かるはずないよね。
だけどね、私は・・・
私は分かるよ。
ヒロの考えてること。
落ち込んでる時とか、機嫌のいい時とか、悪いときとか。
だいたいの事は分かる。
けどね、今は分からない。
ヒロが何で私みたいなのと一緒に居るのか分からない。
どうして私に話しかけるのかが分からない。
どうして笑顔を向けるのか分からない。
何で?
何で・・・。
貴方の、
ヒロの考えていることが分からない。
どうしちゃったんだろう。
今日の私、なんだか変だ。
ヒロが横にいるから?
ヒロが私に話しかけるから?
ヒロが笑うから?
そんなこと、私にして欲しくなんてないのに。
心のどこかで、嬉しいと思ってしまう。
本当に、好きなのかな。
私ってバカだよね。
本当に、バカ。
Ⅲ.
今日はなんだか、みんなの視線が痛い日みたいだ。
何故かと言うと、朝、私はヒロと登校してしまった。そして・・・
「ユナ!!一緒に帰ろう」
「・・・」
帰る私宅をしている私の前に、ヒロが立っていて。
しかも、一緒に帰ろうと誘われてしまったのだ。
どうしてこんなことが続くんだろう。
「・・・・・・ユナ?」
「え?あ・・・ごめん。私委員会の仕事あるんだった・・・」
「図書当番の?」
「そっそう。だから一緒に帰れないの」
「んー。そっか・・・仕方ないよな!!」
嘘。
嘘ついた、私。
ヒロと一緒に帰りたくないんじゃなくて、寧ろ一緒に帰りたいわけで・・・
だけど、素直になれなくて・・・
みんなの視線ばかり気にして、私は自分の気持ちを押し殺してる。
「あ、ユナ」
「え?」
「今日さ、母さんがユナから写真貰うって・・・言ってたんだけど、何の写真?」
「・・・あぁ。・・・・・・・・これ。」
朝ヒロに会ったから完全に頭に無かった。
お母さんに渡せって言われてたのに。
白い封筒をヒロは私の手から取った。
そして中身を見ようとしている。
耐えられない。
今思えば、この教室には私とヒロの2人だけ。通りで静かだと思ったわけだ。
静かって、すごく静寂なわけじゃなくて、教室が静まり返ってるだけ。
運動場からは、野球部とサッカー部の大声が聞こえてくるから。
「ヒロ、ごめん。私行くねっ」
「あ、ユナ!!!!!」
私はとうとう駆け出してしまった。
だって、本当に、本当に耐えられなかった。
静まり返った2人だけの教室と、封筒を一生懸命開けるヒロの綺麗な顔と・・・
私場違いじゃないかってくらい、浮いてたと思う。
「・・・・・・もうっ」
走って、走って、走って。
着いたのは行き止まり。
図書当番だって嘘ついて、辿り着いたのは行き止まり。
当番は昨日だったっつーの。
いまさら考えても遅いけどさ・・・・・・
「・・・うっ」
壁に向かって、何してるんだ、私は。壁に向かって、何泣いてるんだ、私は。
バカみたいじゃないか。
ついにはしゃがみ込んでしまった。もう、限界だよ。
ずっとヒロへの気持ちを押さえ込んできた。仕舞って来た。
小学校の頃は、ただ、好きだった。だけど、中学生になって、どんどん年を重ねるたびに、どうしようもなく・・・好きで好きでたまらなくなっていった。
私は、ヒロを忘れるためなら、友達にだって協力した。
『ユナ、私ね、ヒロくんのことすきなのっ!!協力してくれる?・・・だって、ただの幼馴染なんでしょ?』
ヒロのことを好きになった周りの子達は、必ず私にこう言って来た。
羨ましいって、思った。私もこんな風に素直になれたらよかったのに。そうすれば、ここまで引きずることは、きっとなかったんだ。
そう考えると、涙がどんどん溢れてきて、拭っても拭っても意味無いくらい、止まらなかった。
「ごめ・・・ごめんねヒロぉ・・・・・・」
「私・・・ヒロのこと好き・・・大好きなのに・・・・・・素直になれなくて・・・ヒロに嫌われる・・・のが怖くて・・・」
とうとう私は、自分の気持ちをとどめることが出来ずに口から出してしまっていた。
どれだけ、溜まってたんだろう。泣きながら、ずっと。
多分、私が何を言っているか聞き取れないだろう、誰も。
「ヒロ・・・好き、だいすき・・・・・・」
「ユナ・・・それ、本当?」
「!?」
不意に聞こえた声。
良く知ってる。毎日聞いてる。毎日探してる、優しい声。
「・・・ひ・・・ろ?」
「うん。」
「なんで・・・?」
「知ってた。ユナが図書当番じゃないってこと。昨日だったろ?」
「・・・・・・ごめ、ん」
知ってたのに、ヒロは知らないふりをしてくれてたんだ。
だけど、どうして・・・
「・・・で、今の、本当?」
「・・・・・・え?」
「その・・・おっ俺のこと・・・すきって・・・・・・」
「・・・・・・」
しっかり聞いてたんだ・・・いつから居たんだろう。
私は恥ずかしくなって、顔を伏せてしまった。
「・・・ほんと、」
「あ~あ!!!・・・俺から言おうと思ってたのに」
「え」
素直に、今度は素直に言った、と思ったら、ヒロからの衝撃の一言。
電流が、走った・・・気がした。
「俺も、ユナ・・・・のこと、すき・・・だから」
「えぇ!!?」
「俺からずっと告白しようとしてたのにっ!!!・・・お前、いつも俺が話しかけると・・・逃げるから」
「あ・・・」
「嫌われてるのか、ってずっと思ってたんだけど・・・そうじゃなくて今安心したっ」
ばか。私って本当にばか。天性のばかなのかしら。
ヒロを避けてたのは、単なる私の我が儘で、それによって、ヒロは傷ついてた・・・わけで?
「その・・・ごめんね、ひろ」
「ん。」
「ヒロが私のこと好きで居てくれたんだったら、もっと早く言えばよかった・・・。そしたらこんなに・・・」
悩まなくてすんだのに。
最初から、素直になっておくべきだった・・・・・・
「俺も、ごめん。ユナを泣かせるつもりじゃ、なかった・・・。もっと素直になるべきだったな!!!」
「私もだよ」
「じゃ、俺たち、これから素直になれるようにしようぜ?」
「・・・一緒に?」
「当たり前だっ!!・・・・・・よろしく、な?」
「こちらこそ・・・よろしくっ」
あんなに悩んでたの、ばかみたいだ。やっぱり私は、天性のばかみたい。
今も、ばかだけど、今はヒロばかだよ。
ヒロのこと、大好きで、好きで好きでたまらないもん。
「ユナ、手っ」
「ん」
私たちは、夕日で赤く染まる校舎を背に、手を握って歩き出した。
複雑に絡んでた心の方程式は、もう解けてた。
きっと、ヒロと一緒に居る限り、絡まることも、複雑になることもない。
だけど、もう一つ方程式が出来たよ。
ヒロと、私の、一生解けない方程式が・・・・・・____________________。