佐緒里の笑顔で俺は幸せになれる。どんなときでも。
そして俺はこのとき幸せだった。
「おいっ箭一!起きろぉ!空港に着いたぞ。」
「んぁ?もう着いたの?早いねぇ。」
「もうって、1時間近く走ってたぞ。ったく、一人でのんきに寝やがって。」
「ゴメンゴメン。久しぶりに早起きしたもんで眠いんだよ。」
「俺も同じ時間に起きたんですけどぉ。」
「ははは・・・。早く行こうぜ!」
「はぁ・・・。お前ってゆう奴はどうしようも無い奴だな。」
分かってる。分かってるんだ。どうしようもない奴だってことは俺が一番分かってる。
「何とか間に合ったみたいだな。」
「こんなに急いだのは、お前のせいだ!」
「はーいはい!分かったから。」
「てか、箭一さぁ、なんでイギリス行きたいわけ?」
「・・・何でだっけ?うーんうーん・・・ZZZ。」
「寝るの早いなぁ。まったく。」
その夢は頭が白紙だった俺に理由を教えてくれた。
卒業旅行の行き先をイギリスにしたいと強く思った理由を。
うわぁ。入学早々進路調査なんてぇ・・・。
めんどくせー!まぁ決まってるからいいけどな。
そんなことを考えていると、佐緒里が近くへ寄ってきた。
「ねぇ。箭一は進路決まってる?」
「あぁ。一応な。親父の店継ぐつもり。佐緒里は?」
私はと言いかけたが、止まった。
「どうしたんだよ?」
「え?大学行くつもり・・・。」
「そっかぁ。一緒にいられるの後3年か。」
「そ・・・そうだね。」
このとき気付いていればよかったんだ。
佐緒里の異変に。
~数ヶ月後
「佐緒里。今日顔色悪くねぇか?」
「え?そんなこと無いよ。」
「でも・・・。」
「次体育なのでぇ、女子はそのまま1-2、男子は1-3に移動してくださぁい。」
「あっ。次体育だって!行かなきゃダメじゃん。」
「でも・・・。」
「ほらほら!覗きになっちゃうよ!」
佐緒里に押されて俺は、教室からでた。
「なぁなぁ箭一ぃ。体育女子と合同らしいぞぉ。」
「お前やらしい想像しただろ。」
「あったりめぇだよ。男なんだから。」
こういう奴に、佐緒里の体操服姿は見せたくねぇな。
そう思ったと同時に2組の教室から物が倒れた音がした。
また、女子の数人の悲鳴も混ざり合っていた。
女の先生が中に入ってどうしたの?と言っている声が聞こえる。
そしてある女子生徒が、
「佐緒里が倒れて・・・。早く保健室に。」
俺はそれを聞いて教室に飛び込んだ。
俺に向かってキャーキャーわめく女子もいたが、
俺はそんなことを気にせず、佐緒里で頭いっぱいだった。
「俺が、保健室まで運びます。」
先生に一言言うと、俺は走った。背中の佐緒里のために走った。
「先生いますか?」
「あら、斉藤君どうしたの?」
「佐緒里が・・・。」
「枡田さんが?あら!こっちへ運んで頂戴。」
「はい。僕は・・・。」
「担任の先生に連絡して!」
「はい!」
俺はまた走る。ひたすら走る。
放課後になると、すぐに佐緒里のところへ行った。
「枡田さん。寝不足だったみたいで、それに食事もろくにとってなかったみたいなの。」
「そうですか。・・・付き添っててもいいですか?」
「えぇ。いいわよ。でもおそっちゃダメよ。」
先生は語尾にハートマークをつけて言うと、保健室を出て行った。
「ん~・・・。」
「佐緒里起きたのか?よかった。あっ先生呼ばなきゃ!」
「行かないで。私のそばにいて。」
「わかった。食事も睡眠もとってないなんて、何があったんだよ。」
「・・・私箭一に言わなきゃいけない事があるの。前さ、私・・・大学行くって言ったじゃん?」
「うん。」
「あれは無しになったの。それでね・・・お父さんが転勤してイギリスに行くことになって・・・。」
「それで、夜寝れなかったのか・・・。」
「うん。」
「わかった。・・・いつ行くの?」
「3月24日。」
「来月じゃん!」
もともとあと3年しか一緒にいられなかった。別々の道を歩むことになったから。
だけど、会おうと思えば会えたのに・・・イギリスなんて。
「箭一・・・。」
「よし!毎週土曜日デートしよう!」
いままで部活があってできなかったからな・・・。
「部活は?いいの?」
「いいよ!今日は2月15日か。あと5回しかできねぇんだし。」
「うん。」
1回、2回、3回、4回と時が過ぎていった
そして5回目のときが来た。
佐緒里は物悲しげに待ち合わせ場所に立っていた。
俺は、彼女のそばへ走って行く。佐緒里が俺に気がつく。
そっと微笑む姿を見たら心がぐっとした。
「行こうか。」
俺は佐緒里に手を差し出す。
佐緒里はそれにこたえるように手をそっと俺の手に置く。
佐緒里が俺に好きと打ち明けた、桜の木下で。
俺たちは互いの思い出の場所に行くことにした。
しばらくして、もういくところが無くなってしまった。
佐緒里が公園に入ろうよと言ったので、入ることにした。
「なぁ。空港行くのっていつ?」
「えっ・・・?くっ9時くらいかな?」
「そう・・・。」
2人が黙る。公園は静かだ。
今は、6:00。いつも遊んでいるガキたちはもういない。
だから俺は、佐緒里にキスをした。
もちろ頬では無く、唇に。恥ずかしいけど、ファーストキスだった。
今日のデートはこれで終わり。
佐緒里が家に入る。バイバイといって、背中をむけドアを開け・・・。
俺の目の中から消えた。
終了式。それは俺が、佐緒里を見た最後の日だった。
佐緒里はホントは9時ではなく、もっと早く出たからだ。
佐緒里は、桜の花びらとともに、消えてしまった。
「おい。ついたぞ!箭一!」
「んぁ?もう着いたの?早いねぇ。」
またそれかよと言うようにため息をついた。
そして、今まで白紙のように真っ白だった、佐緒里との記憶がよみがえる。
鮮明に、そしてはっきりと絵の具で描かれたように。
「思い出したか?イギリスに行きたかった理由。」
「あぁ。思い出したよ。」
「ふーん。よかったな。」
「あれ?聞かないのか?」
ふふんと鼻をならし、得意げに、
「もう知ってるよ。枡田さんとの写真見ちゃったんだよなぁ。
枡田さんってさ、イギリスに引っ越したんだったしな。」
こいつは、何もかもお見通しだったってわけか。
色々手続きを済ますと、俺たちは外に出た。
俺は何のためにイギリスまで来たのか。
いままで白紙だった頭が、今は鮮明に佐緒里との思い出が詰まっている。
会わなきゃいけない。でも、どうやって?
「きゃっ!」
いきなり立ち止まったんで、後ろにいた人とぶつかってしまった。
振り返り、手を差し伸べる。その人の顔をちらりと見た。
目が合う。正直ビックリした。それは佐緒里だったからだ。
新しい白紙に換えられ、新しい絵が描かれる。そんな気がした。