沙鞍の作品 白紙

 
白紙
 
 
 
 
あれぇ?パスポートどこやったっけ?
「おい。箭一ぃ!早くしろよ。飛行機乗り遅れたらどうするんだよ!」
「乗り遅れたらどうもできないだろぉ!」
「屁理屈言ってないで早く探せよ!」
「うーい。分かったよ!」
あれぇ机の上に置いたはずなんだけどなぁ。
何だこの紙は?裏は?・・・・・。あぁ佐緒里との写真か。
「あっ!あったパスポート。」
「まだかー?」
「今見つかった。」
「早く車乗れよ。」
「あぁ。」
ガチャバタンッ
「おい。なんだ?その紙。」
あっ。持ってきちゃったよ写真。置いていきたいな。失くしたくないし。
「戻ってもいい・・・?」
「だーめーだ!ただでさえ遅いのにこれ以上遅くなったらホントに間にあわなくなるぞ。」
「だよなぁ・・・。」
ふと、車の窓の外を見てみる。空が真っ青で近くに見える。
・・・あの日もこんな空だったなぁ。
「なぁ。その紙なんなんだよ。」
「あぁ。これか?写真だよ。」
そういえば、ちょうど3年前だっけ。そんなこととっくに忘れてた。
まるで、白紙みたいに・・・。
 
 
~3年前
うわやっべぇ!遅刻だぁ!
くそぉ。入学早々遅刻かよ!あぁ桜がきれいだなぁ・・・。
んなこと考えてる暇は無いんだった!
「あっそこの人。走んないと遅刻するぞ!」
「いいんです。人待ってますから・・・あ。」
「なんだ。佐緒里かぁ。・・・待ってる人って誰だよ。
あっ、もしかして俺だったりしてぇ。」
「ちがっ・・・そうだよ。箭一を待ってた。」
「え?・・・嘘だろ。」
「嘘つくわけがないじゃん。ずっと隠してたけど私箭一のことが好きなんだ。」
何かものすごい心臓がバクバクだ。
だって俺も佐緒里のことが好きだから。
「お、俺も。」
早姫の表情がパァッと明るくなる。
「マジで?嬉しい!」
佐緒里の笑顔で俺は幸せになれる。どんなときでも。
 
そして俺はこのとき幸せだった。
 
 
「おいっ箭一!起きろぉ!空港に着いたぞ。」
「んぁ?もう着いたの?早いねぇ。」
「もうって、1時間近く走ってたぞ。ったく、一人でのんきに寝やがって。」
「ゴメンゴメン。久しぶりに早起きしたもんで眠いんだよ。」
「俺も同じ時間に起きたんですけどぉ。」
「ははは・・・。早く行こうぜ!」
「はぁ・・・。お前ってゆう奴はどうしようも無い奴だな。」
分かってる。分かってるんだ。どうしようもない奴だってことは俺が一番分かってる。
「何とか間に合ったみたいだな。」
「こんなに急いだのは、お前のせいだ!」
「はーいはい!分かったから。」
「てか、箭一さぁ、なんでイギリス行きたいわけ?」
「・・・何でだっけ?うーんうーん・・・ZZZ。」
「寝るの早いなぁ。まったく。」
その夢は頭が白紙だった俺に理由を教えてくれた。
卒業旅行の行き先をイギリスにしたいと強く思った理由を。
 
 
うわぁ。入学早々進路調査なんてぇ・・・。
めんどくせー!まぁ決まってるからいいけどな。
そんなことを考えていると、佐緒里が近くへ寄ってきた。
「ねぇ。箭一は進路決まってる?」
「あぁ。一応な。親父の店継ぐつもり。佐緒里は?」
私はと言いかけたが、止まった。
「どうしたんだよ?」
「え?大学行くつもり・・・。」
「そっかぁ。一緒にいられるの後3年か。」
「そ・・・そうだね。」
このとき気付いていればよかったんだ。
佐緒里の異変に。
 
~数ヶ月後
「佐緒里。今日顔色悪くねぇか?」
「え?そんなこと無いよ。」
「でも・・・。」
「次体育なのでぇ、女子はそのまま1-2、男子は1-3に移動してくださぁい。」
「あっ。次体育だって!行かなきゃダメじゃん。」
「でも・・・。」
「ほらほら!覗きになっちゃうよ!」
佐緒里に押されて俺は、教室からでた。
「なぁなぁ箭一ぃ。体育女子と合同らしいぞぉ。」
「お前やらしい想像しただろ。」
「あったりめぇだよ。男なんだから。」
こういう奴に、佐緒里の体操服姿は見せたくねぇな。
そう思ったと同時に2組の教室から物が倒れた音がした。
また、女子の数人の悲鳴も混ざり合っていた。
女の先生が中に入ってどうしたの?と言っている声が聞こえる。
そしてある女子生徒が、
「佐緒里が倒れて・・・。早く保健室に。」
俺はそれを聞いて教室に飛び込んだ。
俺に向かってキャーキャーわめく女子もいたが、
俺はそんなことを気にせず、佐緒里で頭いっぱいだった。
「俺が、保健室まで運びます。」
先生に一言言うと、俺は走った。背中の佐緒里のために走った。
「先生いますか?」
「あら、斉藤君どうしたの?」
「佐緒里が・・・。」
「枡田さんが?あら!こっちへ運んで頂戴。」
「はい。僕は・・・。」
「担任の先生に連絡して!」
「はい!」
俺はまた走る。ひたすら走る。
 
放課後になると、すぐに佐緒里のところへ行った。
「枡田さん。寝不足だったみたいで、それに食事もろくにとってなかったみたいなの。」
「そうですか。・・・付き添っててもいいですか?」
「えぇ。いいわよ。でもおそっちゃダメよ。」
先生は語尾にハートマークをつけて言うと、保健室を出て行った。
「ん~・・・。」
「佐緒里起きたのか?よかった。あっ先生呼ばなきゃ!」
「行かないで。私のそばにいて。」
「わかった。食事も睡眠もとってないなんて、何があったんだよ。」
「・・・私箭一に言わなきゃいけない事があるの。前さ、私・・・大学行くって言ったじゃん?」
「うん。」
「あれは無しになったの。それでね・・・お父さんが転勤してイギリスに行くことになって・・・。」
「それで、夜寝れなかったのか・・・。」
「うん。」
「わかった。・・・いつ行くの?」
「3月24日。」
「来月じゃん!」
もともとあと3年しか一緒にいられなかった。別々の道を歩むことになったから。
だけど、会おうと思えば会えたのに・・・イギリスなんて。
「箭一・・・。」
「よし!毎週土曜日デートしよう!」
いままで部活があってできなかったからな・・・。
「部活は?いいの?」
「いいよ!今日は2月15日か。あと5回しかできねぇんだし。」
「うん。」
 
1回、2回、3回、4回と時が過ぎていった
そして5回目のときが来た。
佐緒里は物悲しげに待ち合わせ場所に立っていた。
俺は、彼女のそばへ走って行く。佐緒里が俺に気がつく。
そっと微笑む姿を見たら心がぐっとした。
「行こうか。」
俺は佐緒里に手を差し出す。
佐緒里はそれにこたえるように手をそっと俺の手に置く。
佐緒里が俺に好きと打ち明けた、桜の木下で。
 
俺たちは互いの思い出の場所に行くことにした。
しばらくして、もういくところが無くなってしまった。
佐緒里が公園に入ろうよと言ったので、入ることにした。
「なぁ。空港行くのっていつ?」
「えっ・・・?くっ9時くらいかな?」
「そう・・・。」
2人が黙る。公園は静かだ。
今は、6:00。いつも遊んでいるガキたちはもういない。
だから俺は、佐緒里にキスをした。
もちろ頬では無く、唇に。恥ずかしいけど、ファーストキスだった。
今日のデートはこれで終わり。
佐緒里が家に入る。バイバイといって、背中をむけドアを開け・・・。
俺の目の中から消えた。
 
終了式。それは俺が、佐緒里を見た最後の日だった。
佐緒里はホントは9時ではなく、もっと早く出たからだ。
佐緒里は、桜の花びらとともに、消えてしまった。
 
 
「おい。ついたぞ!箭一!」
「んぁ?もう着いたの?早いねぇ。」
またそれかよと言うようにため息をついた。
そして、今まで白紙のように真っ白だった、佐緒里との記憶がよみがえる。
鮮明に、そしてはっきりと絵の具で描かれたように。
「思い出したか?イギリスに行きたかった理由。」
「あぁ。思い出したよ。」
「ふーん。よかったな。」
「あれ?聞かないのか?」
ふふんと鼻をならし、得意げに、
「もう知ってるよ。枡田さんとの写真見ちゃったんだよなぁ。
枡田さんってさ、イギリスに引っ越したんだったしな。」
こいつは、何もかもお見通しだったってわけか。
色々手続きを済ますと、俺たちは外に出た。
俺は何のためにイギリスまで来たのか。
いままで白紙だった頭が、今は鮮明に佐緒里との思い出が詰まっている。
会わなきゃいけない。でも、どうやって?
「きゃっ!」
いきなり立ち止まったんで、後ろにいた人とぶつかってしまった。
振り返り、手を差し伸べる。その人の顔をちらりと見た。
目が合う。正直ビックリした。それは佐緒里だったからだ。
新しい白紙に換えられ、新しい絵が描かれる。そんな気がした。