沙鞍の作品 没頭

没頭

 

 

私はあの人に出会わなければ、
何かに没頭することは無かっただろう。
そう何も。

 

 

 

「わー!きれー!」
 目の前にあるのは、まだ新しく見えるマンション。私の一人暮らしのはじまりの場所。なんだかわくわくしてきた。
「あんたが207号室の新しい住居人か?」
 予想以上にでかかったマンションに圧倒されて立ち尽くしている私に、小柄な、しかし存在感のあるおじいさんが話しかけてきた。
「あ・・!はい!」
「じゃ、ついてきなさい。」
 いわゆる大家さんとか言う人だろうか?案外歳くってるなぁ。と考えながら返事をして、大家さんについていった。
「ここだよ。鍵はこれ。」
 大家さんは、私に鍵を見せると手渡した。
「わしは100号室に住んどる。聞きたい事があったら来るといいよ。」
「あっ分かりました。ありがとうございました。」
 説明はこれだけか、とちょっと残念に思いながら大家さんを見送り、私は部屋に入った。
「おぉ。ちゃんと荷物運んである!ラッキー。」
 ・・・でも、荷物が多いような気がする。気のせいかな・・・。うん。気のせいだ。風呂とかどんなんか見に行こうっと。
 そうして、私は風呂場らしきところを探していると、部屋数が妙に多いことに気付いた。
「こんなにいらないのに・・・。」
 そうつぶやいたとき、玄関の方から物音がした。不思議に思って音のした方へ向かうと、私と同じくらいの年齢と思しき男の子が仏頂面で立っていた。
「あの・・・。部屋間違ってませんか?」
 恐る恐る聞いて見ると、その男の子は仏頂面のまま
「そっちこそ間違ってるんじゃないの?」
 と意味不明な返答を返してきた。
「私ちゃんとおおやさんに連れられてきたんだから!ちゃんと合鍵だってあるし・・・」
「こっちだって!」
「ここに荷物はこんであるし。」
「俺だってここに運んであるぜ?」
 え・・と。
「あの・・」
「取りあえず、大家さんに聞きにいくか。」
「う・・うん」
 一体どうなってるんだろう?男の子についていきながら、頭をフル回転させたが、答えは見つからなかった。「あ・・・やっぱり来たんだね。」
 100号室のチャイムを鳴らし、大家さんが出てきて発した最初の言葉はこれだった。「やっぱりって・・・?」
「君達の親御さんとは知り合いでな、それまたそこの女の子とそこの男の子の親御さん同士も知り合いで、このことは親御さんが決めたことじゃ。」
「えと・・何を決めたんですか?」
 私がそう言うと、男の子はわかってたみたいで、呆れたとでも言うように溜息をついた。「俺とお前が同居するってことだよ。」
 はい?どうきょって同居?
「まぁ。そういうことだわな。これ、碕街さんのお母さんからの手紙。結崎さんからもある。」
 その手紙を受け取ると、すぐさま開けて、読んだ。内容はこうだった。

『塑宇佳へ
こんなことになってごめんね。
そのマンションのおおやさんと知り合いだから、
頼みやすくって。
お父さんには女の子って言ってあるから安心してね。
大丈夫。その子の親はしっかりしてるって言ってるし。
お母さんどうなってもびっくりしないから。
がんばってね。                          By 母』

 んな・・。急に言われても。眉間に皺をよせながら手紙を睨んでいると、男の子が口を開いた。
「部屋戻るぞ」
「え?あ・・うん。」
 どうしたんだろう?

 男の子は部屋に入るなり、私と向き合った。「俺。結崎眞箏。松実高校にもうすぐ入学するんだ。」
「あっ私の名前は、碕街塑宇佳。学校は・・・私も同じなんだけど。」
「・・・同じ?嘘だろ・・。」
「や。ほんとだよ。ていうかさ、なんて呼べばいい?」
「なんでもいいよ。関係ないし。」
 あ。そうですか。んじゃあ。
「眞箏くんって呼ぶね。」
「は!?」
「だから、塑宇佳って呼んで。」 ちょっとからかいも含めながら、笑いかけると、少し眞箏くんは怒ったのか顔が赤くなった。
「勝手にしろ。」
 と、少しふて腐れたような顔をして言うと、部屋の奥へ行った。その後に付いていきダンボールが並んだ床を見て片付けをしなければいけないなと思った。
「片付けしよっか。」
「・・あぁ。そうだな。あ、俺、部屋はこっちな。」
 勝手に決めるのか。まぁ、いいのだけれど。
「わかった。」
 こうして、片付けが始った。

「ふー。やっとおわったぁ。」
 大きく伸びをして床に寝転がる。眞箏くん片付いたかな?少し気になって覗くことにした。
 入ってみた感想、ハッキリ言って汚い。
「ねぇ・・手伝おうか?」
 そう話しかけて、振り返った眞箏くんの顔は心なしかゲッソリとしていた。「あ・・・お願いしま・・・」
「うわっ!」
 どれほど疲れていたのか、眞箏くんは倒れてしまった。とりあえず布団を掛けて、私は部屋を出た。
 それからどれくらい時間が経っただろう。一応、片付けをできる限り手伝っていたとき、眞箏くんの目が覚めた。「あっ・・・。気がついた?途中で倒れちゃって。」
「今何時?」
「えっ?あぁ、3:00くらいかな。」
「そっか・・。」
「昼ごはん作ったけど、食べる?」
「あ・・ありがとう。食べる。」
「ごちそうさま。ありがとう。」
赤面してる。なんかおかしい。
「うん。」
「てか、材料どうしたの?」
「あぁ。仕送り。丁度あったからさ。」
「そっか・・・おいしかったよ。」
 え・・あ・・。そう言われると。
「うれしい。」
 このとき、私は彼への印象が一気に変わった。
 同じクラスになれるといいな。心のどこかでそう思っていることには、まだ私は気付かなかった。
~入学式の日
 あっ。結構かわいい。この制服。
 制服を着て、鞄をもって部屋をでる。出る準備万端! あれから2週間経ち、私たちは入学式を迎える。「準備できた?」
「あぁ。・・・一緒に行く気か?」
「うん。」
「嘘だろ?何か誤解せれたらどうするんだよ。」
「そっか・・・。んじゃ。先行ってるね。」
「あぁ。あと!」
「ん?」
「同居してること、誰にも言うなよ。」
「わかってる。」
 そして、私は家を出た。案外学校が近くて嬉しい。だけど、何故か胸にあるわだかまり。正直、眞箏くんに言われたことがショックだった。でも、今はそんなことを考えている場合ではない。クラス発表のところに行かなきゃ。
 えーっと。『さきまちそうか』は・・・。あった!2組か。ついでに『ゆうざきまこと』も探そう。えっと・・・・・やったぁ!2組だ!
 1人で喜んでいると、隣にいた女子生徒が「ねぇ、あの子かっこよくない?」
 と言った。気になってそちらの方を見てみると眞箏くんがいた。
「あ・・・。」
 もてるんだ・・・。そう思ったら胸がチクリと痛んだ。なんだろう。この気持ち。
 眞箏くんをじっと見ていると、目が合った。と思ったらすぐに逸らされ、去っていってしまった。またチクリと胸が痛む。何で?
「えー。クラスを確認した生徒は、体育館に入りなさい。」
 何も考えられず、体育館に入って席に座った。

 入学式が終わると、担任らしき人に教室に連れていかれた。そして、指定の席にみんな座ったところで、担任らしき人が話し始めた。
「2組担任の吉田太郎です。もうすぐ式が始まるので席に座って静かに待っててください。」
 声デカッ!このおっさん。それより席はなれちゃったな・・・はぁ・・・。てか、何でため息なんか吐いてんの!
 あれこれ考えていると、後ろの人に肩を叩かれた。「ねぇねぇ。手紙きてんだけど・・・」
「ごッごめんなさい。」
「ううん。あ。ため息ついてたけどどうかしたの?あぁ私の名前は白河由璃。よろしく。」
「私は碕街塑宇佳。よろしくね。えと、ちょっと聞きたいんだけど。」
「うん」
「ある子がもててるとチクって胸が痛んだり、無視されたら落ち込んだり、席が離れるとため息でたり・・・これって何?」
「ある子って男の子?」
「うん。」
「それって恋じゃない?」
「え!?んな馬鹿な。」
「何で?」
「だって、まだ出会ったばっかだよ?」
「関係ないよ。好きなもんは好きなの。」
「そんなもんなの?」
「そうそう。」
 そうなのか・・・。これが恋。初恋かぁ。
 先生の話が終わると、私と由璃ちゃんは教室から出て、途中まで一緒に帰った。よかった。友達ができて。
 安心したのも束の間、家に帰ると眞箏くんが既にかえって来ていた。由璃ちゃんの言葉がフラッシュバックしてきて、顔が熱くなった。恋ってこんなものなんだ。
 ぼーっとしていると、眞箏くんが近寄ってきた。顔を見るとなんだか嬉しい。「今日少し避けちゃってごめんな。あ、友達できたみたいでよかったじぇねーか。」
 声を聞いているだけで落ち着く。
「うん」
「あ、今からコンビニ行ってくるから。」
 え・・待って。まだ一緒にいたい。・・・行かないで!
「行かないで!」
「・・・?どうしたんだよ。」
「わ、分からない」
 胸が締め付けられる。
「・・・お前結構もててたぞ。」
「え?」
「俺、何か嫉妬した。最初は変な奴って思ってたのに・・・何でだと思う?」
「分かんない。何で?」
 私がそう聞くと、ちょっと困った顔をして頬を赤らめて
「好きだから。」
 と言った。「え?」
「初恋なんだ。」
「私も・・私もだよ。眞箏くんのことが好き。」
「本当に?」
「うん。」
「それってさ、付き合うってことだよな。」
「かなぁ?」
 幸せすぎて、涙があふれる。そっと抱き寄せてくれた眞箏くんの腕の中は暖かかった。
~4年後
 幸せになれるおまじない。あっ!あった!
 おまじないの本を片手に私はコーヒーカップにお湯を注ぐ。「はぁ・・・。またそんなの見てんのかよ。」
「いいでしょ!幸せになりたいんだから!」
「俺は十分幸せだけど?」
「・・・明日。」
「明日がどうしたの?」
「眞箏の20才の誕生日だよ?」
「うん。」
「もう、2年経ったのに。」
「うん。」
「約束忘れたの?」
 私たちは、卒業式の日、20歳まで付き合ってたら結婚しようと約束をした。
 それを忘れてしまったの?夢中・・・いや、没頭してたのは私だけだったの?
「もう寝る!」
「あっ・・・」

朝か・・・。起きたくないな。お腹減った。何か作ろうかな。
 そう思って、部屋を出た。ドアの横には眞箏が座って寝ていた。「何でこんなとこで寝てるの?」
「塑宇佳・・。忘れてないよ。あの日の約束。今日これを渡そうと思って・・・。」
「え?」
「これ。結婚指輪。・・で、あの。俺と結婚してください。」
「はい!」
疑ってしまってごめんなさい。ほんとにうれしいよ。ありがとう。
「今年で専門学校卒業するだろ?修行積んで、2人とも一人前になったら一緒に店つくろうな!」
「うん!」

~9ヶ月後
「やっぱりね。お母さん分かってたわ!きっとこうなるって!」
「はいはい。分かったから。ねぇ。ドレス姿どう?変じゃない?」
「変じゃない変じゃない。」
「ちょ・・お・・・お父さん。泣かないで。」
「だって・・。」
「あっ、眞箏!どう?」
「に・・・似合うよ。」
「シンロウ、シンプサン教会ノホウヘキテクダサァイ。」
「はい!」

あなたに出会えて本当によかった。
あなたに出会わなければ私の中に「没頭」という文字はなかった。
本当にありがとう。私の運命を変えてくれて。

 

2008.11.27訂正致しました。