魅世の作品 いつか桜の木の下で

いつか桜の木の下で  

 

   この世に神様は存在するのでしょうか。そう考えたところで答えが分かるわけもなく、証明することも出来ません。誰かの心の中だって、覗くことができないのですから、本当にこうだとか違うだとか、それを確かめるすべはありません。
 それでも、今年も変わらず、春はやってくるのです―。

 公園に、一本の桜の木がありました。ずっとずっと昔から、毎年、春になるとたくさんの花を咲かせていました。
 今年も、暖かい春の日差しの中で、桜のつぼみが少しずつ、ふっくらとしてきました。
 神様が、ちょこんと、その木の枝に腰掛けました。風がさーっと吹き、女の子がやってきました。

 両親は仕事だし、誰もいない家に帰るのが億劫で、駅から出ると、家とは反対方向の公園へ向かった。
 今日は高校の合格発表日。私は一応、合格した。そう苦労しないでも入れるレベルのところを受けただけだから、さしてうれしくもない。でもまあ、解放感はある。
 公園の真ん中にある桜の木の下に腰を下ろし、空を見上げた。
 本当によかったんだよね、これで。
 何事もなかった卒業式。ただ普通に時間が過ぎていき、みんな、いつものように帰っていった。まるで明日も、またこの場所で会えるかのように。
 もう、一生会えない人も、あの中には、いたんだろうなあ。改めてそう感じた。
 ふと、ある人のことを思い出した。結局、はっきりとは伝えられなかった。伝える、というほどのことではなかったけど、せめて・・・。
 そう考えて、慌ててその考えを追い払った。だめだ、そんなふうにしてはいけない。
 もう一度空を見上げる。そこには、ただ青い空があるだけだった。

 しばらくして、女の子は立ち上がり、公園を出て行きました。神様は近くの枝を、手でやさしく包みました。手を離すと、つぼみがふわりと開き、薄いピンク色の花が咲きました。小鳥が飛んできて、歌を歌いました。神様は目を閉じ、それを静かに聴いていました。
 やがて、小鳥が飛んでいくと、今度は男の子がやってきました。

 特に残念とも思わないが、結果は不合格だった。もともと、受かったら奇跡と言われていたところだし、はっきりいってどうでもよかった。
 ふと、心の片隅に、ある同級生の顔が浮かんだ。
 結局、あれっきりだったな。
 あれ以来、何も無かった。ごく平凡に、中学校生活は終わった。今度さっそく同窓会があるみたいだが、俺は参加しないつもりだ。いつまでも卒業気分に浸っていても、仕方がない。それにしても・・・。
 あれで終わりなら、礼くらいは言っておくんだった。
 少しだけ後悔した。まあ、いまさらどうにもならないのだが。
 見上げると、桜の花が一輪、青空をバックに咲いていた。

 男の子も去っていくと、神様は片手をぐるりと大きく回し、円を描きました。すると、まだ固く閉じていたつぼみが一斉に開きだし、あっという間に桜は満開になりました。

 ある日の夕方、私は晩ごはんにする弁当を買いに出かけた。お父さんとお母さん、今日も遅いだろうなあ。そんなことを考えながら、公園の前を通り過ぎようとした。ふと、この前見た桜の木を見上げた。
 うわあ、満開だ。
 私はこの間と同じように桜の木のそばまで行き、その幹に手を当てた。そのとき、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。

 塾に行く途中、自転車で公園の前を通り過ぎようとしていると、桜が満開になっていることに気づいた。この前見たときはまだ一輪しか咲いてなかったのに。俺は思わず自転車を止めた。
 そして、木を見上げているあいつを見つけた。

 神様がうたた寝から目覚めると、木の下に男の子と女の子がいました。この前見たあの子たちです。神様は近くに咲いていた桜の花を一つ手に取ると、ふうっと息を吐いて飛ばしました。

「うっす」
「やっほ。久しぶり」
「そんなに久しぶりってわけでもないけどな」
「そういえばそうだね」
 そんな他愛のない言葉を交わしながら、私たちは木の幹にもたれかかり、いつものように笑いあった。
 彼は少し上の方を見ると、少しまじめな顔をして言った。
「この前、ありがと」
「ああ、うん」
「・・・嬉しかったから」
「そっか。よかった」
 頭上から、桜の花が一輪落ちてきて、彼の肩の上に乗った。
 私はそれを取り、そっと自分の手に乗せた。少しの風でも簡単に飛ばされてしまいそうなくらい小さな花が、私の手の上で咲いていた。私はそれを手のひらに乗せたまま、もう一度木を見上げ、言った。
「もう満開だね」
「ああ」
 彼も腕を組んで桜を見上げた。
 何となく、そこには神様がいるような気がした。

 二人は歩き出し、公園から出て、それぞれ反対の方向へ別れていきました。神様はそれを見届けると、天へと戻っていきました。

 それから何回も何回も季節がめぐり、今年もまた春がやってきました。公園の桜のつぼみは、だんだんとふくらみはじめました。
 向こうの方から、公園の前の道をこちらへ向かって歩いて来る人がいました。反対側にも、こちらに近づいてくる人影が見えます。
 二人は、神様の座っていたその桜の木の方へ、ゆっくりと、近づいてきました。